宵時の厄

 

 

[さて、天使ちゃん。君は魔法はあると思うかい?]

“なんなんですか唐突に…。”

[まぁいいじゃないか、会話くらい楽しんでおくれよ]

 

怪盗キッドはカラカラと窓を開け、生温い微風が吹き込むとカーテンとマントが同じようになびく。怪盗キッドの背の先には下弦の月が浮かんでいた。

あぁ、下弦ということは…彼女の元で過ごすべきだった今日が終わって行った。大天使アニエルには何を言われることだろう。不甲斐ない自分に気分が落ち込む。

 

“魔法なんてあるわけないじゃないですか。”

[そう思うかい?]

“ええ、私たち天使にならまだしも、あなた方のような人間には魔法なんて使えませんよ。”

[辛辣だなぁ。そうかい、そしたら君はこのろうそくのことはどう説明する?]

“どうって…”

[さっき天使ちゃんに話した内容であえて伏せたものがある。実はこのろうそく、【華燭】と呼ばれているらしいんだ]

 

ミカはヒュッと息を呑んだ。

なぜその名前を。

ちがう。

こんな。

こんな。

華燭は、誰かを懲らしめるためのものではない。

でも。

何者かわからない怪盗キッドに知られてはいけない。おそらく本物を探すための罠だ。

 

“そうなんですか。初めて聞く名です。”

[そうかい。天使ちゃんでも知らないのか。]

 

怪盗キッドはミカの顔色を伺う素振りを見せたが、その後何も言うことがなかった。

 

静寂を鐘の音が切り裂く。

 

[時間みたいだな。天使ちゃん、戻ったらまた楽しいお話しようね]

 

そう言って怪盗キッドはそのまま窓から外へと飛び降りていった。

 

“なんて人間。”

 

放置されたミカは窮地であり

同時に今しかない脱出のチャンスでもあった。

 

ろうそくの炎は赤と蒼を行き来しながら弱く揺らめいている。