悪い夢

 

 

ミカは小瓶のようなものの中に閉じ込められていたが、この小瓶自体に力はないようだった。

 

“私を閉じ込めて、一体なにをご所望でしょうか。”

[いやいや、特別な事情はないさ。ただ君は、天使ミカエルだろう?数多のお宝を狙ってきた俺からしても中々お目にかかれるようなお方じゃないもんでね。]

 

怪盗キッドがろうそくをテーブルに置いた。それはゆらりと炎を揺らし、蒼く変色したのである。

 

“それですね、真っ当じゃないものは。”

[真っ当じゃないなんて、ひどい言い様だなぁ。こいつも俺が頂戴したお宝の一つさ。]

 

すごいだろ?と得意気な怪盗キッドにミカは言葉を返さない。

 

[聞かないのかい、これが何か。]

“こちらから聞かなくても語りたいのかと思いまして。”

[つれないねぇ。まぁ語らせてもらうさ。]

 

怪盗キッドによるとそのろうそくは特定の自由を奪う邪術を持つ、としてごく一部の宗教家に重宝されてきたという。言い伝えが形を変え、今となってはその信憑性よりも悪魔性が好まれてコレクターたちの間で価値を生んでいるらしい。

 

[まぁ簡単に天使ちゃんの自由を奪っちゃって?本当に効果があるなんて俺も驚いているところさ。]

“大変趣味がお悪いのですね、あなた。”

[はっはっは、そりゃどうも。褒め言葉にしか聞こえないねぇ。]

 

ミカは意図を探る。

自分のことが見え、話ができ、そして拐うに至った怪盗キッドは何者だろうと。

怪盗キッドが視線を逸らした隙に小瓶からどうにか出られないものかとミカは触れてみる。すると、またろうそくの炎は蒼く揺らめいた。

そして逃すものか、というように小瓶の表面は冷え切るのであった。触れていたミカの手が凍ってしまうかのごとく。

 

[あんまり無茶はしない方がいいぜ。大人しくしていれば美しいままいられるんだから]

 

まぁ、諦めておくれよ。

飄々と言う怪盗キッドが好ましくなく、ミカは静かに睨むのであった。

 

 

 

3枚の羽根

 

 

 

それに気付いたのは、案内人の人間だった。

 

何者かに拐われたミカは人間とコミュニケーションを取ることができなくなってしまったのである。

“観ることはできる分、よかったですよ”とひとりごとを呟く。ミカは天使なので。

 

ミカが人間の力を借りる間、羽根をそれぞれ1枚ずつ持たせたのだった。

それが今はどうやら彼女の元にある。

案内人の人間には一時的に可視化しているが、他言はできないようになっているはずだった。

 

「羽根が、ない」

「そっちも?」

「なにこれどうしたらいいんだろう」

「ミカー!」

 

“はい。”

 

「ミカー!」

 

“聞こえてますよ、でも聞こえませんよね…”

 

これはどうしたものでしょう。

狭い空間に閉じ込められている。

どうして天使である私を閉じ込めることができているのか。ミカは考えて、考えて、ふと気付く。

 

ここに来るまでの記憶が途絶えていることと、眠りから覚めたらここにいたということに。

 

[お目覚めかい、天使ちゃん]

“どちら様ですか!?私の存在がわかるなんてあなた何者なんですか!?”

[純白は純白でも、真っ白な怪盗キッドだよ。]

 

[空いた口が塞がらない、みたいな顔するのやめてもらえるかな?]

“いえ、失礼しました。ちょっとまだ状況が飲み込めていないもので…。”

 

怪盗キッド?と鼻についたのは内緒である。ミカは今、相手が怪盗キッドであろうと構っている暇はないのだ。

 

“それで、これはどうなっているのでしょうか”

[天使ちゃんを傷つけるつもりは全くないから安心しなよ。少し、封印させてもらっているだけさ。]

 

ミカが手を伸ばせば一定のところで透明な壁にぶつかる。自分の声の反響から察するに小瓶のような入れ物の中に閉じ込められているようだ。

普段なら物質を通り抜け自由に移動できるはずのミカが閉じ込められている。

 

怪盗キッドとは一体何者なのだろう。

ミカは表面上は平静を装いつつ、想定外の事態に大混乱していた。

 

 

 

 

 

Ribbon

 

__“祝宴の準備は進んでいるか”

 

大天使アニエルに問われても、以前のミカとは別人かのように自信が持てているのであった。

 

__“ついておいで”

 

ミカの信念を見抜いたアニエルは、見せたいものがあると言う。

 

ミカには今でもその光景が眩しいくらいに残っていて、思い返すたび体の芯が熱くなるのだ。

 

 

扉を開き、奥へと進むと日光の差し込む部屋が現れる。アニエルが手に取ったのは二本のリボンである。リボンを辿ると彼女の左薬指へと繋がっており、そのタレを丁寧に織りながらアニエルは慈しむように見つめる。

リボンの糸の一つひとつが人間の名や、声や、記憶、彼女が憶えているものから憶えていないものまで。それらはアニエルの手元で金色と銀色の艶を纏い、こと細やかに織りなされていく。美しく強かなリボンが永くまだ見えぬほどに続いていく。

金色は彼女が出逢ってきた人々と、結びついた時や縁。銀色は彼女が最も大切とする人の出逢ってきた人々と、結びついた時や縁。良かったものやそうでないもの。全てを上回るのは二人を想う人間のココロ。

 

アニエルは今一度、二本のリボンをかたく結ぶ。そうするとキラッと光るのであった。

 

ミカは形にされたそれを初めてみた。

アニエルが微笑む姿も初めてみた。

こんなに美しいものが存在するのなら、人間にも見せてあげたいと彼女を想うのだった。

 

この感動をどうにか“実体”にできないか、ミカは案内人のもとへ急いだ。

 

 

はずが。

 

 

ミカは拐われてしまった。

祝宴が目前に迫った2021年9月某日。

純白は純白でも、“白い怪盗”に。

 

 

 

tag team

 

「華燭ってなんて読むの」

「かしょく、みたいだね」

「難しい言葉だね〜」

 

ミカは今、大天使アニエルが案内人として任命した3人の人間と行動している。

“実体があったほうが何かと都合よかろう”ということらしい。

 

なんともこの人間たちも不思議なことに、ミカが姿を表したとき

「えぇ?天使?本物?えっすご!」とか

「およ!天使ちゃん!なんの御用でしょ〜」とか

「………(二度見)ほぅ。」とか

“驚くとかないのですね”と3人に同じ言葉をかけたものである。

 

この3人は大天使のことも、どういう経緯かも知らないのに、ミカの存在と言葉を信じてすんなり協力を承諾した。ミカは“もっと疑ったほうがいいと思う”とやや呆れたりもしたが、こうして天使と人間の珍妙タッグが結成されたのだった。

 

「せっかくだからチーム名決めようよ!」

「そしたらDress / room / projectでどうだ!単純すぎる?」

「和訳したら名前になるんだね!良さげ!」

 

きゃっきゃと人間たちが盛り上がってる間にあれよあれよと案が出て、検討しては解けて、また新案が出て、枠組みが固まっていく。

人間は一体どうして。

他人の一瞬のためだけに、ここまで時間をかけて話し合うことができるのだろう。

それも、とても楽しそうに。

 

最初こそミカは心底理解できない、という姿勢でいたが、3人と共に過ごすうちに少しずつ人間の気持ちというものを知ることができた気がした。

 

“目指すところは私と一緒ですね”

「大切なのは大事に想う気持ちだよ」

「返しきれないほど感謝の気持ちもあるしね」

「せっかくだから喜んでもらえるものをつくろう!」

 

ミカは彼女のことがなんだか誇らしくなった。

 

 

 

candles

 

 

 

 

 

ミカは

 

とても心地良い眠りの中で

 

オルゴールの音を聴いた。

 

それは喜びの音色で

 

体温がほんのすこしあがるような

 

どこか懐かしいような

 

ふわふわと不思議な感覚。

 

思い出そうとしたのも束の間

 

あたたかくゆらめく光に包まれて

 

ふたたび深く身を任せた。

 

 

 

#天使

 

 

一方その頃、彼女の知らないところで一人の天使がとにかく焦っていた。

 

名をミカ、という。

10月20日守護天使を生業にして、彼女とはまぁ長い付き合いになるのだがそんなことは彼女は知る由もない。

 

そして、こう、なんというか、“天使だけど厳粛な感じで受け取ってほしくないのよね”とミカは言う。

もちろん仕事はきっちり行うが、優しさと柔軟さと少し多めの気まぐれを含んだ、まぁ彼女とやけに気が合いそうな天使なのだった。

 

そんなミカがどうして焦っているのかというと、“彼女の祝宴を執り行いなさい”と大天使アニエルから遣わされたからである。

 

小さな天使であるミカの元に大天使が、しかも“ひとりのことではなくふたりのことだから”とアニエルから直々に命令が下りた、

言うなれば“なんとしても”なのである。

 

“大天使も真ん中バースデーなんて考えるんだ”と内心笑ったのはミカの名誉のためにも一緒に秘密にしてあげてほしい。

 

さてこの重大任務を前に、

「喜び」「人々が美しく輝く」ことをサポートするアニエルの名の下

「理想を実現していく」自身の性分の下

ミカは燃えていた。永遠を誓うキャンドル…華燭のように。

 

 

 

 

P and M

 

 

とあるところに一人の少女がいました。

お家は彩、という場所にあるけど、週末はあまり家にいません。

 

背中に羽根は生えていないし、青色の猫型ロボットの道具もないけれど、それでも少女は元気に飛び回ります。

 

ハートの機体で雪の国にも行けちゃいます。

 

 

そんな少女はあるとき出逢うのです。

好き、と好き、が繋がった先にいた

王子様に。

 

けれど、王子様は遠い国の人。

3時間離れた国の人。

年も離れた人。

 

月日は流れ、少女は美しいまま大人の女性になりました。

かぼちゃの馬車もない、白馬の王子様も迎えにこない、埼京線はいつも満員電車、

世界線の違いを知りいつしか夢や憧れをその心に秘めるようになりました。

 

ただし、諦めはしなかったのです。

たくさんの夢は小さく浮かんでは心の片隅にふんわりと残っているはず。

 

これから

そのひとつぶずつを紐解いてみましょう。

 

 

あなたの心が、時が未来を拓きます。

夢を信じて、強く願って。